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福岡高等裁判所 昭和60年(う)535号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人村岡富美子が差し出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人は、昭和二五年、自己の属する小野家ほか六家族のみが使用権限を有する大分県直入郡直入町大字長湯字越田尾七五七九番所在の墓地(以下「本件墓地」という)の管理責任者に選出され、本件墓地の管理をしてきたものであるが、衛藤佐助が、昭和五〇年ころ、本件墓地内に、何らの権限なく既存の墓を破壊して、衛藤家一族の寄せ墓を建立したばかりか、その後も本件墓地内の墓石をこわすことを続けたため、警察に相談したところ、墳墓発掘に該当するような行為であればともかく、石塔を倒す程度のことでは取り締れないから、相手と話し合つて、地域の慣習に従つて処理するようにとの指導を受け、衛藤佐助に対し、内容証明郵便により墓の撤去方を申し入れたうえ、本件墓地の組合員総会の協議を経て、このまま放置すれば、本件墓地の管理が不能になると判断し、本件墓地の慣習に従つて、やむなく原判示第一、第二のような行為に及んだものであつて、被告人の右行為は、可罰的違法性がないか、または期待可能性のないものであるから、本件はいずれも無罪であるのに、原判決が、被告人と衛藤佐助との間の争いを単なる境界争いであるとして、同人のなした墓荒らしの事実を無視し、かつ、前記本件墓地の慣習及び組合員総会の存在を否定して、原判示の各事実について礼拝所不敬罪の成立を認めたのは、事実を誤認した結果、違法性あるいは有責性についての評価を誤り、ひいては法令の適用を誤つたものであつて、その誤認及び誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、原審記録(差戻し前の第一審及び控訴審を含む)並びに当審における事実取調べの結果に基づいて検討すると、被告人は、捜査段階から一貫して、本件墓地の使用権限が、所論の小野家ほか六家族にのみ存し、本件墓地内に、右七家族の承諾を得ないで墓を設置すれば、これを、ちりあくたとみなし自力で排除してよいとする慣習があつた旨供述しているのであるが、右のような慣習の存在することについては、被告人が供述するほかにこれを裏付ける証拠はなく、被告人の右供述は信用することができないし、仮に本件墓地の使用権限が所論のとおりであり、衛藤家の墓が本件墓地に権限なく建てられたものであるとしても、礼拝所不敬罪の被害法益が社会一般の宗教感情であることに照らすと、本件行為の違法性の評価にあたつて、墓地に対する使用権限の争いの情況を過大視することはできないのであり、原判決挙示の各証拠によると、本件各行為の態様及び結果は、衛藤佐助の先祖あるいは縁者の遺骨が納められている原判示「衛藤家之墓」に対し、原判示第一については、その仏石を後ろから手で押し倒して三段からなる上り段の二段目まで転落させ、その衝撃で法名塔を地面まで、納骨室上部正面の長石及び左右の門石を上り段上部までそれぞれ転落させて、左側の門石を折損させ、かつ正面両側の桂石を地面に転落させた(原判決の弁護人の主張に対する判断の項で認定された事実のうち(11)項)というものであり、同判示第二については、同墓の仏石を後ろから手で押し倒して、上り段上部まで転落させ、その衝撃で法名塔を地面に転落破損させ、左右門石を上り段上部に転落させて右側門石を折損させ、かつ線香立ての角を破損させ、納骨室正面上部の長石と納骨室との接着部のセメント壁の一部を剥落させ、納骨室と正面上り段との継ぎ目に沿つてひび割れを生じさせた(同(13)項)というものであつて衛藤家一族の者はもちろん、一般人の宗教感情を著しく害するものであることが明らかであるから、法益侵害の程度が軽微であるということはできず、また、被告人が、本件各行為に及ぶについて、衛藤佐助に対しあらかじめ内容証明郵便で墓の撤去を求め、組合員総会(当審において取り調べられた「議事録」と題する書面によると、昭和五八年八月七日、所論主張の使用権限を有する七家族の代表と思料される者六名の会合が開かれ、地番外墓地組合員の侵入等に対し、管理責任者において排除するとの決議がなされた旨の記載がある。)の協議を経たとしても、原判示の各行為が社会的相当性を持つといえないことも明らかである。そして、被告人が、警察への相談にもかかわらず、衛藤佐助との墓地使用権限の争いが思い通りに解決できなかつたからといつて、本来、墓地使用権限の有無は、民事紛争として、法の定める諸手続(調停、民事訴訟など)によつて解決されるべき問題であり、その紛争の性質上これをまつことなく直ちに実力行使に出なければならないような差し迫つた情況も認められない(なお、被告人の当審公判廷における供述によると、被告人と衛藤佐助との間に、衛藤家の墓の本件墓地使用権限に関する民事訴訟が係属中であることが認められる。)のであつて、被告人の原判示の各行為が、法秩序全体の見地からみて許容されるものとは到底考えられない。被告人は差戻し後第一審公判廷における供述で、衛藤の前記墓荒らしについて警察に相談したところ、長湯地区では、礼拝所不敬程度のことは日常茶飯事であるから警察は関与できないと言われ、本件程度のことでは罪にならないと思つて、本件の各行為に及んだという趣旨の弁解をしているが、差戻し後第一審証人神屋剛、同岩井成道の各供述によると、被告人からの相談を受けた当時、大分県警察竹田警察署勤務の警察官であつた右証人らは、被告人の相談の件は、まず、本件墓地と隣地との境界を民事上解決することが必要で、直ちに刑事事件として取り扱うことは困難であると判断してその旨の返答をし、墓荒らしの事実については相談を受けていないことが認められ、相談担当の警察官が、長湯地区では、礼拝所不敬程度のことは罪にならないという趣旨まで述べたとは考えられず、また所論指摘の墓荒らしが衛藤佐助の所為であることについては、同人が被告人に対しその旨自白したという被告人の供述が存するのみで、それ自体伝聞に属することであり、被告人の右供述をそのまま信用することはできない。そして、以上説示のとおりの事情に照らすと、原判示の各行為当時、被告人として、同判示のような実力行使に出ないことを期待できない情況ではなかつたことが明らかであるから、原判決が、その判示各事実を認定したうえ、可罰的違法性及び期待可能性に欠けるものではないとして、被告人を有罪としたのは正当であつて、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認もなく、法令の適用の誤りもない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文に従い、これを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官永井登志彦 裁判官小出錞一 裁判官泉  博)

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